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第二の維新を起こすためには

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江戸時代が終わってから、もう150年以上経つ。

 

日本人は自分の祖先が侍であったことを誇っていたが、今やもう侍というものはこの日本からはもう、いなくなってしまった。

 

しかしながら、侍の世が終わってしまったことを否定する人はあまりいないのではないだろうか?

 

明治維新を起こした志士たちは、非常に傑物であり、今の日本の発展の礎を築いたからである。

 

そんな志士たちが、なぜこのような維新を起こしたのだろうか?

 

今回はそれについて話していきたいと思う。

 

大きなショック

明治維新の大きなきっかけになったのは黒船の来航だ。

 

今まで、日本では、大きな船の建造が禁止されており、黒船の来航までこんなに大きな船を見たことがなかった。

 

幕府もこんな大きな船をどう対処すればいいのかがわからなかった。

 

なので、幕府は黒船の軍事力に屈して開国をしたのである。

 

すでに幕府は衰退していたものの、未だ強大であったが、非常にショッキングな出来事であったのは間違いない。

 

過剰な反応

この事件に、志士と呼ばれる熱い心を持つ人は非常に過激な反応をした。

 

尊王攘夷にはやるものが多かったのはもちろんのこと、吉田松陰などはこっそりアメリカの軍艦に乗り込もうとした。

 

これらの行為は、死刑に相当するような超重犯罪である。

 

それでも、彼らは非常に国のこと、将来のことを考えていたため非常に熱かった。

 

命を顧みない熱い心が明治維新を作ったのだ。

 

まっすぐな行動が他人の心を動かす

吉田松陰という人物がいる。

 

彼は天才であったが、罪を得て田舎で隠遁していた。

 

隠遁している間に誰でも受け入れる塾を作った。

 

それが松下村塾である。

 

彼は結局刑死してしまったが、彼のまっすぐな生き方は周りを強く動かした。

 

金も名誉も命も捨てて生きた松蔭の生涯に周りの人も、そして後世の人々も強く惹かれたのである。

 

良質な教育

長州藩には松下村塾があり、薩摩藩にも、郷中教育という有名な教育システムがあった。

 

さらに、大きな藩には大抵、江戸時代の後期には藩校というものがあり、そこでは非常に進んだ教育を受けることができた。

 

このような高い教育を受けたことで、彼らは非常に高い教養を身につけたのである。

 

さらに、江戸時代の後期になると、頭の良さも出世の要因の一つとなっていた。

 

彼らは、自分の立身出世のために頑張って勉強をしていたのである。

 

高い教養は維新のためにも非常に重要なことであったのだ。

 

新しい視点

しかし、これらの教育も、古い価値観を基にした教育であった。

 

なので、黒船やそのあとの開国で流入した新しい考え方に対してどのような対応をするのかは、個人の判断に委ねられた。

 

拒絶するもの、受け入れるもの様々である。

 

けれども、日本は最終的には優れた西洋の文化や技術を受け取ったのである。

 

まとめ

このような要因が維新を成功に導いた。

 

我々が社会に変革を起こすためには、まず社会自体が変化を求めていて、高い教養を持った開明的な人がひたむきな生き方をすることが重要だ。

 

すでに、この国は大きな変化を求めており、改革は急務である。

 

高い教養を持った人もいる。

 

大事なことは、開明的な視点を持つことと、自分の命や金、名誉を捨ててもいいくらいひたむきな生き方をすることだと言えよう。